BLOG ARTICLE / 上場プレミアム +65% の正体

📊 上場プレミアム +65% の正体
— 全国平均との差を生む 4 つの構造

公開日: 2026-05-15 所要: 約 8 分

「上場企業の年収って、もっと高いと思っていた」

そう感じる方も、いらっしゃるかもしれません。EDINET(金融庁の有価証券報告書開示システム)が公表する 2,562 社の有価証券報告書を集計すると、上場企業の年収中央値は 658 万円(2025 年提出ベース)でした。

夢のような高給ではなく、現実的な数字に見えます。

ところが、これを 全国平均と並べる と、印象がまったく変わります。

FACT-CARD 1 — 2026 年時点の年収比較
出典:厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査(賃構調)」結果の概況(2026 年 3 月 24 日公表)/金融庁 EDINET 2025 年提出 有価証券報告書

上場企業の加重平均 771 万円は、全国平均より +308 万円、率にして +66% 上です。中央値 658 万円で見ても、年収分布のちょうど真ん中が全国平均より +195 万円 上に位置しています。

図 1:上場企業 2,562 社 vs 全国平均 — 年収比較
上場企業 加重平均
771 万円
上場企業 中央値
658 万円
全国平均
463 万円
※ ゴールド=上場企業(EDINET 2,562 社)/グレー=全国平均(賃構調 R7 雇用者ミックス)
※ スケール基準 800 万円。上場プレミアム = 771 ÷ 463 = +66%(中央値ベースでは +42%)

加重平均ベースで見たこの 「上場プレミアム +65% 前後」 が、現代日本の労働市場に厳然と存在しています。

なぜ、これほどの差が生まれるのでしょうか。本記事では、この +65% を生む 4 つの構造を、データジャーナリズムの視点で読み解いていきます。

そもそも「全国平均」とは誰の数字なのか

差の話に入る前に、比較対象である「全国平均」が誰の数字なのかを、一度はっきりさせておきます。

FACT-CARD 2 — 全国平均(賃構調 R7)の定義
出典:厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査(賃構調)」結果の概況

全国平均は、新卒の初任給からベテランの定年直前まで、地方の中小事業所も含む 横断的な数字です。日本の労働市場の「真ん中」を示します。

これに対して、上場企業の集合は、業種も規模も雇用形態も大きく偏ります。比べる土俵が違う ということを、まず押さえておく必要があります。

構造 1 — 規模の経済:支払い余力そのものが違う

第一の構造は、シンプルに 「規模が大きいから払える」 という事実です。

賃構調が公表する企業規模別の月額所定内給与額を見ると、規模差はそのまま賃金差に直結しています。

FACT-CARD 3 — 企業規模別 月額所定内給与(賃構調 R7・男女計・年齢計)
出典:厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査(賃構調)」第 4 表
図 2:企業規模別 月額所定内給与(賃構調 R7・男女計・年齢計)
大企業(1,000 人以上)
385.1 千円
中企業(100〜999 人)
326.2 千円
小企業(10〜99 人)
305.6 千円
※ スケール基準 400 千円。大企業と小企業の差 = 月額 79.5 千円 ≒ 年収換算 約 100 万円超
※ 上場企業に求められる規模は、必然的に大企業以上の支払い余力を持つ集合になる

大企業と小企業の差は 月額で約 80 千円、年収換算で約 100 万円超 に達します。

上場企業に求められる 時価総額・売上規模・経営の継続性 は、必然的に「大企業以上の支払い余力」を持つ法人を選別します。利益率が安定し、内部留保がある企業は、平均給与水準を高く維持できます。

ここに、第一の押し上げ要因があります。

構造 2 — 業種偏り:金融・コンサル・M&A が右裾を引き上げる

第二の構造は、業種の偏り です。

上場市場には、もともと給与水準が高い業種が多く集まります。一方、低賃金が常態化しているサービス業の多くは、上場せずに中小企業として残っているケースが目立ちます。

EDINET 2,562 社を業種別に集計すると、業種ごとの年収中央値は 33〜252 社の塊 に分かれ、最高層には M&A 仲介・コンサルティング・投資銀行系 が並びます。これらの業種では、年収中央値が 2,000〜3,000 万円台 に達する社も少なくありません。

FACT-CARD 4 — 上場企業の業種別中央値の裾
出典:金融庁 EDINET 2025 年提出 有価証券報告書 集計
図 3:上場企業 2,562 社の年収分布イメージ — 右裾が中央値と加重平均をズラす
中央値 658 万
加重平均 771 万
M&A 仲介
コンサル系
(2,000-3,000 万)
← 低 年収(万円) 高 →
※ 概念図:加重平均(771 万)が中央値(658 万)より 113 万円 高いのは、右裾の M&A 仲介・コンサル系の高給業種(中央値 2,000-3,000 万円台)が引き上げているため
※ 分布形は対数正規分布(σ_log ≈ 0.56)の概念表示

加重平均が中央値より 113 万円も高い ということは、上場企業の年収分布が 「右裾が長い対数正規分布」 であることを意味します。M&A 仲介やコンサル系の高給業種が、平均値を強く引き上げているのです。

ふつうの上場企業に勤める方が「自分の会社、加重平均ほど高くない気がする」と感じるのは、データジャーナリズムの観点から見ると、自然な感覚です。中央値 658 万円のほうが、上場企業で働く多くの方の実感に近い数字といえます。

構造 3 — 雇用構造:正社員中心・終身雇用ベースの分母

第三の構造は、雇用形態の偏り です。

全国平均 340.6 千円/月(年換算 約 463 万円)には、非正規雇用が 約 4 割 含まれています。非正規労働者の月額は 241.7 千円で、正社員の 358.8 千円と比べて 格差 67.4(正社員=100)にとどまります。

FACT-CARD 5 — 正社員・非正規の月額所定内給与(賃構調 R7)
出典:厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査(賃構調)」結果の概況
図 4:正社員 vs 非正規 月額所定内給与(賃構調 R7)
正社員・正職員
358.8 千円
非正規
241.7 千円
※ スケール基準 400 千円。雇用形態間賃金格差 = 67.4(正社員=100)
※ 全国平均は正規 60% + 非正規 40% のミックス、上場企業の有価証券報告書は原則正社員ベース

これに対し、上場企業の有価証券報告書に記載される 平均年間給与 は、原則として 正社員(嘱託・契約社員を一部含む)の平均 です。非正規の比重が薄い分母で計算されています。

つまり、上場プレミアム +65% のうちのいくらかは、「正社員平均 vs 全雇用者平均」を比べてしまっていることに起因します。新卒採用と長期雇用を前提に設計された日本の上場企業の人事制度が、そのまま分母に反映されている、ということです。

補足:上場企業内部にも 4〜5 倍の格差がある
同じ上場企業 1 社の中でも、役員(年収 2,000 万円超)と 20 代新人(年収 450 万円前後)が同居しています。社内格差は 4〜5 倍 に達することも珍しくありません。「上場企業の平均」は、この社内格差を全社員で平均化した数字でしかありません。

構造 4 — 1 人当たり生産性:売上 4,115 万/人の重み

第四の構造は、最も本質的かもしれません。1 人当たりの売上高、いわゆる労働生産性です。

EDINET 集計によると、上場企業 2,562 社の 1 人当たり売上高の中央値は 4,115 万円 に達します。

FACT-CARD 6 — 上場企業の労働生産性(1 人当たり売上高)
出典:金融庁 EDINET 2025 年提出 有価証券報告書/中小企業庁 中小企業実態基本調査(参考比較)
図 5:1 人当たり売上高(労働生産性)— 上場企業 vs 中小企業
上場企業 2,562 社
4,115 万円
中小企業(参考)
約 1,500 万円
※ スケール基準 4,500 万円。上場企業は中小企業の 約 2.7 倍 の 1 人当たり売上を作れる事業構造
※ 上場: 金融庁 EDINET 2025 年提出 有価証券報告書の中央値/中小: 中小企業庁 中小企業実態基本調査の参考値

1 人当たりが 4,000 万円を超える売上を作れる事業構造であるからこそ、社員 1 人あたりに 600〜700 万円台の人件費 を割り当てる余力が生まれます。

支払い余力(構造 1)と業種偏り(構造 2)と雇用構造(構造 3)の すべての根底にあるのが、この生産性の差 です。「規模が大きいから払える」のではなく、正確には 「1 人当たりが大きい売上を生む事業構造だから、規模も大きく、給与も高い」 という因果関係です。

4 つの構造を重ね合わせると見える「+65%」

ここまで見てきた 4 つの構造を、最後に重ね合わせます。

FACT-CARD 7 — 上場プレミアム +65% を構成する 4 つの構造
構造 内容 寄与の方向
1. 規模の経済大企業ほど月額が高い(385.1 vs 305.6 千円)押し上げ
2. 業種偏り金融・コンサル・M&A 系が右裾を伸ばす加重平均を押し上げ
3. 雇用構造正社員中心の分母(vs 非正規込み全国平均)比較基準を押し上げ
4. 1 人当たり生産性売上 4,115 万円/人の事業構造すべての根底

上場プレミアム +65% は、単一の要因ではなく 「規模・業種・雇用形態・生産性」の 4 つが累乗的に効いた結果 として現れています。

逆に言えば、これら 4 つのどれかが揃わない上場企業では、プレミアムは縮小します。たとえば小売・外食業の上場企業では、業種特性(構造 2)と生産性(構造 4)が下方向に働くため、年収水準は全国平均に近いところまで下がります。

あなたの年収は、上場企業 2,562 社の中で何位ですか

ここまで「上場企業の平均」を読んできたあなたが、次に気になるのは 「で、自分はその中で何位なのか」 だと思います。

上場プレミアム +65% という構造を踏まえた上で、自分の年収を上場企業 2,562 社の分布の中に置いてみると、想像とは違う景色が見えるはずです。

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EDINET 有価証券報告書ベース、3 つの視点で位置を可視化:

桜花区分 5 段階(🌸×5:上位 7%/🌸×4:上位 24%/🌸×3:中央 38%/🌸×2:下位 24%/🌸×1:下位 7%)で、視覚的に直感把握できます。

データを「自分の地図」に変える

「上場プレミアム +65%」という数字は、それ自体では抽象的な統計値です。

しかし、4 つの構造を知ったうえで、自分の年収を上場企業 2,562 社の中に置いてみると、その数字は 自分のキャリアを測る地図 に変わります。

データを知ることは、「焦ること」ではなく、自分の現在地を、客観的に把握すること です。

賃金構造は、毎年公表されます。EDINET の有価証券報告書も、毎年更新されます。今日のあなたの位置は、来年には変わっているかもしれません。

それでも、「比較対象を正しく理解する」 という姿勢は、データジャーナリズムの軸として、長く役立つはずです。