「年収 1,000 万円超えました」「年収偏差値 70 です」 — 同期や友人がそう報告するのを聞いて、自分の年収を計算し直した経験はないでしょうか。
しかし実は、年収偏差値が高くても生涯所得偏差値は低いというケースは、令和7年データで見ると珍しくありません。同じ「偏差値 60」の人でも、勤続年数・退職金・定年到達率の組合せで、生涯所得が 3,000-5,000 万円 違ってきます。
なぜこのようなことが起きるのでしょうか。理由はシンプルです。年収偏差値は「今この瞬間のスナップショット」にすぎず、生涯所得偏差値は「人生全体の積分値」だからです。この 2 つの偏差値が一致しない構造を理解しておくことは、キャリア戦略を考えるうえで非常に重要になります。
本記事では、令和7年 賃金構造基本統計調査と就労条件総合調査 令和5年のデータを使い、「年収偏差値」と「生涯所得偏差値」が一致しない構造を 3 つの典型シナリオで可視化します。そして、あなたが 4 象限のどこにいるか を判定する基準を提示します。
35 歳で年収 1,000 万円(偏差値 70)の人よりも、年収 700 万円(偏差値 60)で大企業 35 年勤続の人の方が、退職金と再雇用を含めた生涯所得で上回ります。これが「偏差値の罠」です。
年収偏差値は「今この瞬間の位置」を示すスナップショット指標であり、生涯所得偏差値は「人生全体の積分値」を示すフロー指標です。両者がズレる理由は、大きく分けて次の 3 つがあります。
つまり、年収偏差値は 1 つの変数 で決まりますが、生涯所得偏差値は 5 つの変数 の関数になっています。この構造を数式で表すと、次のようになります。
年収偏差値だけを追いかけても、生涯所得偏差値を最適化することはできません。両方の指標を同時に見ることが重要です。
ここからは、令和7年データで試算した具体的なシナリオを見ていきましょう。35 歳時点の年収偏差値が同じ「60」付近にある 3 つの典型的なキャリアパターンです。同じようなスタート地点から、生涯所得偏差値がどのように分かれていくのかをご覧ください。
| シナリオ | 35 歳 年収 |
35 歳 年収偏差値 |
生涯所得 (独自試算) |
生涯所得 偏差値 |
|---|---|---|---|---|
| A. 早期高給型 外資系・転職 4 回・大企業未定着 |
約 1,000 万 | 70 | 約 2.5 億 | 55 |
| B. 大企業安定型 1,000 人以上大企業・35 年勤続定年 |
約 700 万 | 60 | 約 2.8 億 | 62 |
| C. 外資ハイリスク型 外資系・50 歳早期退職・次キャリア不確実 |
約 1,500 万 | 76 | 約 2.0〜3.2 億 (幅広い) |
45〜68 (幅広い) |
この表で注目していただきたいのは、35 歳時点で年収 300 万円の差があった A と B が、生涯所得では逆転している点です。A は 35 歳で年収 1,000 万円と華やかですが、転職を繰り返すことで退職金が積み上がらず、40 代以降の昇給カーブも鈍化します。一方 B は、35 年の勤続によって退職金 1,896 万円 × 1.85 倍のフル適用を受け、さらに再雇用 5 年を加えることで、着実に累積額を伸ばしています。
35 歳時点の年収では A 1,000 万 vs B 700 万 = 300 万差です。しかし 60 歳までの累積では、勤続年数と退職金(A 0.6 倍 vs B 1.85 倍)の差により、B が +3,000 万円上回る逆転構造が生まれます。
図 1 を見ていただくと、35-45 歳の区間では A(早期高給型)と B(大企業安定型)のカーブがほぼ重なっています。差が開き始めるのは 50 歳前後からです。B は年功序列の昇給カーブが効き続ける一方、A は転職によって昇給リセットが入るため、カーブの傾きが鈍化しています。そして 60 歳時点の退職金ジャンプで、決定的な差がつきます。
C(外資ハイリスク型)は、50 歳での分岐が非常に象徴的です。コンサル独立や別企業への好条件転職に成功したベストケースでは 3.2 億円に達しますが、次のキャリアが不調に終わったワーストケースでは 2.0 億円にとどまります。上下に 1.2 億円もの幅があるということは、「賭け」の要素が大きいということを意味しています。
年収偏差値(横軸)と生涯所得偏差値(縦軸)の 2 軸で人を分類すると、4 つの象限に分かれます。ご自身がどこにいるかを意識すると、次に何をすべきかが明確になります。
中堅企業 35 年勤続で退職金を確実に確保し、定年到達 + 再雇用 5 年を実現しています。年収偏差値よりも生涯所得偏差値が高い、理想的な下支えの形です。現状維持で十分です。
大企業管理職を継続し、定年到達が確実で、退職金 1,896 万円 × 1.85 倍を確保できる見込みです。維持戦略が重要になります。年収偏差値 60 以上 × 35 年勤続見通しが目安です。
年収カーブ +20% の選択(業種変更・大企業転職・スキル投資)を 30 代までに実行する余地が大きいです。残りの生涯所得偏差値を底上げすることができます。
転職多発・退職金累積なし・40 代で年収頭打ちになっている「今だけ高い」状態です。大企業転籍や専門独立で生涯所得偏差値を底上げする必要があります。
多くの人が想像するのは ①「理想」と ④「要改善」の 2 パターンだけですが、実際には ② と ③ の「年収偏差値と生涯所得偏差値がズレた状態」の方が圧倒的に多いです。あなたの最適戦略は、今いる象限によってまったく異なります。
それぞれの象限にいる場合の具体的なアクションを整理します。
3 シナリオで明らかになったのは、退職金倍率が生涯所得偏差値を決定的に左右するということです。企業規模と退職金制度の有無によって、次のように大きく振れます。
| 企業規模 | 退職金倍率 | 大卒退職金 | 制度なし率 |
|---|---|---|---|
| 1,000 人以上(大企業) | 1.85 | 約 3,510 万 | 9.9% |
| 300-999 人(中堅) | 1.40 | 約 2,650 万 | 11.2% |
| 100-299 人(中企業) | 1.15 | 約 2,180 万 | 15.3% |
| 30-99 人(小企業) | 1.00 | 約 1,896 万 | 29.9% |
| 30 人未満(零細) | 0.65 | 約 1,230 万 | 40.0% |
大企業 vs 零細では、退職金だけで 約 2,300 万円の差が生まれます。さらに、退職金制度を持たない企業(全国 25.1%、零細企業では 40%)に勤めている場合は 退職金が 0 円です。これだけで生涯所得偏差値が 5-10 ポイント変動する大きな要因になります。
退職金の威力を過小評価している方は少なくありません。月々の給与明細には退職金は現れませんし、「将来もらえるはずのお金」は実感しにくいものです。しかし、生涯所得という視点で見ると、退職金は手取り年収の 5-7 年分に相当する非常に大きな金額です。「年収偏差値を 5 上げる」よりも「退職金制度のある企業に勤め続ける」方が、生涯所得偏差値への貢献が大きいケースも珍しくありません。
就労条件総合調査 令和5年によると、30 人未満の零細企業では 40.0% が退職金制度なしです。この場合、定年退職しても退職金は 0 円。大企業安定型(B シナリオ)との生涯所得差は退職金だけで 3,510 万円に達します。
生涯所得偏差値の改善は、年代によって打てる手がまったく異なります。早い段階ほど選択肢が多く、遅くなるほど「維持」が最適解になる傾向があります。年代別の特徴を整理しましょう。
20 代は生涯所得偏差値に最も大きな影響を与える「業種」と「企業規模」を選択する時期です。この段階での転職は退職金への影響が比較的小さいため、キャリア変更のコスト対効果が最も高くなります。たとえば、退職金制度のない零細企業から 1,000 人以上の大企業に移ることで、将来の退職金だけで 3,000 万円以上の差が生まれます。
30 代前半までであれば、退職金の勤続年数係数がまだ低いため、転職による退職金リセットの損失が限定的です。この時期に年収カーブを +20% 引き上げる業種変更や大企業転職を実現できれば、生涯所得偏差値を 5-8 ポイント改善できる可能性があります。
40 代に入ると、退職金の勤続年数係数が急激に上昇します。15 年勤続と 20 年勤続では退職金額に大きな差が出るため、この時期の転職は慎重に検討する必要があります。転職するなら「年収アップ」だけでなく「退職金制度の引き継ぎ(ポータビリティ)」や「前職の退職金精算」も計算に入れてください。
50 代になると、生涯所得偏差値を改善する最大の手段は「今の会社で定年まで勤め上げること」と「再雇用 5 年を確保すること」です。この時期の転職は退職金の大幅な減額(自己都合退職で 0.6 倍)を伴うため、よほどの好条件でない限りおすすめできません。再雇用の 5 年間は年収が下がりますが、累積で 1,500-2,500 万円の上積みになり、生涯所得偏差値を 3-5 ポイント押し上げる効果があります。
ご自身が 4 象限のどこにいるかを判定するには、今の年収偏差値と 退職金偏差値の両方を見る必要があります。当サイトでは令和7年データを使い、どちらも 1 分で診断できます。
診断結果を本記事の 4 象限マトリクスと照らし合わせて、ご自身が ①〜④ のどこにいるかを判定してみてください。
いずれの象限にいても、「今の年収偏差値」だけで判断しないことが大切です。年収偏差値は重要な指標ですが、あくまでスナップショットにすぎません。生涯所得偏差値という「人生全体の積分値」を組み合わせることで、はじめて全体像が見えてきます。
「年収偏差値 70」を達成することは、確かに 35 歳時点での誇らしい成果です。しかし、それが 「人生全体の総合点」 である生涯所得偏差値とは別物であることを、令和7年データは静かに教えてくれます。
大企業安定型(B シナリオ)が示しているのは、年収のピークの高さではなく、累積カーブの傾きを 25 年維持することの重要性です。逆に、外資ハイリスク型(C シナリオ)の教訓は、上下に 1.2 億円の幅があることを十分に意識したうえで挑戦すべきだということです。
本記事の要点を 3 つにまとめます。
年収偏差値だけ、退職金偏差値だけ、勤続年数だけ — 単独の指標で人生を測ると、必ずどこかでズレが生じます。複数の偏差値を組み合わせてご自身の位置を把握することが、令和7年データを最大限に活用する方法です。
DataLabo(データラボ)は、日本の公的統計を最速で反映することを編集方針とするデータジャーナリズム媒体です。厚生労働省「賃金構造基本統計調査」「就労条件総合調査」、家計の金融行動に関する世論調査(J-FLEC)など、行政・準行政の一次データを直接読み解き、診断ツール・解説記事として公開しています。
本記事は厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査」(2026 年 3 月 24 日公表)と「就労条件総合調査 令和5年」(2024 年 10 月 31 日公表)の公式値を基準に、3 つの典型シナリオ(早期高給型・大企業安定型・外資ハイリスク型)の生涯所得を独自試算した結果です。※ シナリオ別の数値はモデル値であり、個人差・業種差・運要素があります。
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