日本の正社員の賃金ピークは55〜59歳。男性正社員なら月額460.7千円。これは令和7年 賃金構造基本統計調査が示す事実です。
ならば、日本の経済的な「重心」は50代にあるのでしょうか。
答えは「いいえ」です。
ピーク年収と、生涯所得の重心は違います。物理学の重心と同じで、「最も重い地点」と「全体のバランスの中心」は一致しません。マンションの最上階が一番高い位置にあっても、建物全体の重心はもっと低い階にあるのと同じです。
令和7年データから「賃金重心」を計算すると、驚くべき数字が見えてきます。
「賃金重心」は、各年齢帯の月額賃金にその期間(年数)を掛けた値で加重平均を取った年齢です。数式で書くと以下の通りです。
賃金重心 = Σ(年齢中央値 × 月額 × 年数)÷ Σ(月額 × 年数)
各年齢帯の「稼ぎの重み」を合計し、その重心がどの年齢にあるかを算出します。
ピーク(最大値)は「最も高い山の頂上」を示しますが、重心は「山全体の質量分布の中心」を示します。低い山でも裾野が広ければ、重心はそちらに引っ張られます。
20代〜30代の「低いが長い裾野」が、50代のピークを引き下げるのです。
正社員(男女計)の年齢別月額データを使い、賃金重心を計算します。
厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査」の年齢帯別月額(正社員・男女計)を用い、各5歳帯の中央年齢×月額×期間で加重平均を算出。ピーク(55-59歳 424.2千円/月)より約10年若い位置に重心があります。
同じ「重心」でも、正社員と非正規では構造がまったく異なります。
| 年齢帯 | 正社員 男女計 | 非正規 男女計 | 差額 |
|---|---|---|---|
| 20-24 | 247.5 | 203.5 | 44.0 |
| 30-34 | 321.1 | 233.8 | 87.3 |
| 40-44 | 379.0 | 230.6 | 148.4 |
| 50-54 | 412.7 | 229.7 | 183.0 |
| 55-59(正社員ピーク) | 424.2 | 232.5 | 191.7 |
| 60-64 | 366.2 | 279.9 | 86.3 |
正社員の重心45歳は「急な山の中腹」です。重心の前後で賃金が大きく変わるため、30代の選択が重心以降の高度を決めるレバーになります。
非正規の重心約44歳は「平地の中央」です。どの年齢帯でも230千円前後で横ばいのため、重心の位置に関係なく「景色が変わらない」構造です。50代で格差が183.0千円(年約265万円)に開くのは、正社員の山が高くなるためであり、非正規の平地が下がるからではありません。
賃金重心は男女でも異なります。重心の「位置」(年齢)は大きく変わりませんが、重心の「高度」(金額水準)が異なります。
男性正社員のカーブは急勾配で、25-29歳(292.4千円)から55-59歳(460.7千円)まで1.57倍に伸びます。一方、女性正社員は275.3千円から339.1千円で1.23倍。女性の賃金カーブは傾きが緩やかなため、重心とピークのギャップが小さいという特徴があります。
賃金重心が45歳にあるということは、30代はまだ重心の手前にいるということです。
重心の手前での選択は、重心以降の軌道を大きく変えます。30代前半で企業規模や業種を変えれば、重心以降の年功カーブの傾きそのものが変わるからです。
30代前半(重心まで約12年)の選択は、残りの勤労期間全体に影響します。転職・昇格・資格取得などの意思決定は、重心に近づくほど「残りの面積」が小さくなるため、効果が減衰します。
逆に、50代は重心の向こう側です。ピーク年収に到達していても、「残りの面積」は限られています。だからこそ、50代以降は「年収偏差値を上げる」よりも「資産偏差値を守る」フェーズに入ります。
「50代が一番稼ぐ」は事実です。しかしそれは、山の頂上が最も高いと言っているに過ぎません。
賃金重心という視点を持つと、見え方が変わります。
令和7年の公的統計データは、あなたのキャリアの重心を知るための座標系です。
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