「都道府県 × 雇用形態」のデータが存在しない理由
— 非正規の地域格差を 70% 圧縮する根拠
第1章:東京の正社員 vs 青森の非正規 — 比べたいのに比べられない
「東京の正社員と、青森の非正規パート、給与差はどれくらい?」と聞かれたとき、確かなデータで答えられるでしょうか。実は、この問いに公的統計で直接答えるのは 不可能です。
厚生労働省「令和7年 賃金構造基本統計調査」には、雇用形態別(正規 / 非正規)の集計表が複数存在します。
- 第6-1表:雇用形態 × 性 × 年齢階級別賃金 ✓
- 第6-2表:雇用形態 × 性 × 企業規模別賃金 ✓
- 第6-3表:雇用形態 × 性 × 産業別賃金 ✓
- 第1-10表 参考表1:都道府県別賃金(男女計、雇用形態合算)✓
- 都道府県 × 雇用形態のクロス集計:存在しない ✗
つまり、「都道府県別の正社員賃金」も「全国の非正規賃金」も分かりますが、「青森県の非正規賃金」は公的統計から直接取れないのです。
本サイトの「年収偏差値(雇用形態版)」は、この空白を埋めるために 「非正規の地域格差は正社員の 70%」として推定値を使っています。本記事では、その推定の論理と数学的根拠を完全公開します。
第2章:正社員の地域格差は 1.58 倍(東京 vs 青森)
まず、正社員の地域格差は賃構調 R7 の都道府県別データから直接見えます。
| 都道府県 | 月額所定内給与(千円) | 全国平均比(補正係数) | 年収換算(万円) |
|---|---|---|---|
| 東京都(最高) | 418.3 | 1.228 | 607 |
| 神奈川県 | 368.5 | 1.082 | 535 |
| 大阪府 | 358.7 | 1.053 | 521 |
| 全国平均 | 340.6 | 1.000 | 494 |
| 北海道 | 297.0 | 0.872 | 431 |
| 青森県(最低) | 263.9 | 0.775 | 383 |
東京と青森の倍率: 418.3 ÷ 263.9 = 1.58 倍。同じ職種でも、勤務地が変われば賃金は 1.58 倍も差が出る。
※ 補正係数は「全国平均 1.0」を基準にした各都道府県の相対値。例えば東京の +22.8% は、全国平均より 22.8% 高いという意味。
第3章:非正規の地域格差は、本当はもっと小さいはず
では、非正規(パート・アルバイト・契約社員)の地域格差は同じく 1.58 倍でしょうか? 直感的には、もっと緩やかなはずです。
① 最低賃金が「下支え」になる
令和7年度の地域別最低賃金(時給):
| 地域 | 最低賃金(時給) | 東京/最低 倍率 |
|---|---|---|
| 東京都(最高) | 1,163 円 | 基準 |
| 神奈川県 | 1,162 円 | 1.001 |
| 大阪府 | 1,114 円 | 1.044 |
| 沖縄・青森(最低水準) | 952 円 | 1.222 |
最低賃金の地域格差は 東京 1,163円 / 沖縄 952円 = 1.22 倍。正社員の 1.58 倍より明らかに緩やかです。
② 全国チェーン店パート時給の地域差は小さい
イオン・ユニクロ・コンビニ・ファストフードなど全国チェーンのパート時給は、都市部と地方で おおむね 1.2〜1.3 倍程度の差。職務内容が同質的なパート層では、地域差が縮小する傾向があります。
③ 労働経済学の知見
非正規雇用は本社機能の地域偏在の影響を受けにくく、全国一律的な労働市場が形成されやすい。逆に正社員は、本社(東京)/ 支店(地方)の構造的な差が反映され、地域差が大きく出ます。
第4章:「70%」の数学的根拠
では具体的に、非正規の地域格差は正社員の何 % と推定すべきでしょうか。本サイトでは 最低賃金の地域格差 ÷ 正社員の地域格差から逆算しています。
= 最低賃金 地域差倍率 ÷ 正社員 地域差倍率
= 1.22 倍 ÷ 1.58 倍
= 0.77
計算結果は 0.77(77%)。本サイトはこれを保守的に 70%に切り下げて運用しています。
視点:なぜ保守的に 70% なのか
0.77 をそのまま使わず 70% に下げているのは、非正規層の方が最低賃金以上の賃金獲得が難しいためです。最低賃金は「フロア」ですが、地方の非正規層は最低賃金 + α で働く割合が都市部より高い、という現実を反映しています。
結果として、「最低賃金倍率 1.22 倍」よりやや広い「非正規倍率 約 1.38 倍」を仮定する設計になります(70% 圧縮後の値)。
第5章:「70% 圧縮」を都道府県補正係数に適用すると
本サイトの実装では、各都道府県の 「全国平均 1.0 からの距離(=幅)」を 70% に縮めることで非正規の地域補正を作ります。
= 1.0 + (正社員補正係数 − 1.0) × 0.7
具体的な変換例
| 都道府県 | 正社員 補正係数 | 正社員 年収換算 | 非正規 補正係数 (70% 圧縮) | 非正規 年収換算 (参考) |
|---|---|---|---|---|
| 東京都 | 1.228 | 607 万 | 1.160 | 350 万 × 1.160 ≒ 406 万 |
| 神奈川県 | 1.082 | 535 万 | 1.057 | 350 × 1.057 ≒ 370 万 |
| 全国平均 | 1.000 | 494 万 | 1.000 | 350 万 |
| 北海道 | 0.872 | 431 万 | 0.910 | 350 × 0.910 ≒ 319 万 |
| 青森県 | 0.775 | 383 万 | 0.843 | 350 × 0.843 ≒ 295 万 |
※ 非正規の年収換算は「非正規の全国平均年収 350 万円」を仮定した参考値。
地域格差の比較
| 区分 | 東京 | 青森 | 東京/青森 倍率 |
|---|---|---|---|
| 正社員 | 1.228 | 0.775 | 1.58 倍 |
| 非正規(70% 圧縮) | 1.160 | 0.843 | 1.38 倍 |
圧縮の効果が見て取れます。非正規の方が地域による振れ幅が小さく、これが現実の最低賃金フロアを反映した構造になっています。
第6章:あなたの 雇用形態×都道府県 偏差値を診断
本記事で解説したロジックは、本サイトの「06 雇用形態版」にそのまま実装されています。あなたの雇用形態(正社員 or 非正社員)と都道府県を入力すると、本記事の計算がそのまま動作します。
本記事の地域補正ロジックをそのままアプリ化。正社員モードでは賃構調実数、非正規モードでは 70% 圧縮した推定値で、あなたの位置を 6 ベースで診断します。
雇用形態別 年収偏差値を診断する →まとめ:データの限界に向き合う
今回のポイント:
- 賃構調 R7 には 「都道府県 × 雇用形態」のクロス集計が存在しない(公表データの空白)
- 正社員の地域格差は東京/青森 = 1.58 倍(賃構調実数から確認)
- 非正規の地域格差は最低賃金フロアの効果で 緩やか(最低賃金倍率は 1.22 倍)
- 「70% 圧縮」の根拠:最低賃金倍率 1.22 ÷ 正社員倍率 1.58 ≒ 0.77 を保守的に 70% へ
- 結果:非正規の都道府県差は東京 1.160 / 青森 0.843 で約 1.38 倍
- 本サイトは「ない値は推定するが、根拠を完全に公開する」
「データが存在しないからといって、雑に推定するわけにはいかない。」これが本サイトのスタンスです。最低賃金という公的データを別の角度から使うことで、限定的だが意味のある推定が可能になる — そういう誠実なデータジャーナリズムを目指しています。
政府がいつか「都道府県 × 雇用形態」のクロス集計を公表する日が来れば、本サイトは即座に推定値を実数値に置き換えます。それまでの暫定モデルとして、本記事の透明な推定方法をご活用ください。